前回に引き続き、
“人間というものは、
いつでも自分を中心として、ものを見たり考えたりするという性質を持っている”
このことを実生活で体感する出来事がありました。
この自分を中心に見たり考えたりする性質は、誰にでもあります。
自分のことではない他者の問題をも、自分が何とかしなければと、コントロールしようとします。
ある出来事で、私の中に、
他者の問題をコントロールしようとする自分がいることに気づきました。
私の場合、どういうときに何とかしよう、コントロールしようとするのが表れるかというと、
自分の立ち居地を決めたはずだけれど、決め切れていない状態のときです。
頭ではこの立ち居地でいこう、と決めています。
しかし、心が決めかねています。
どうするか(この立ち居地でいこう)・・・doingを決めても、
自分自身がどうありたいか(心)・・・beingの部分で決めかねている、迷いがある状態。
100%OKを出せていない状態です。
beingとdoingが統合されると、コントロールでない自分らしさで関われます。
今はっきりしているのは、100%じゃない自分がいる、ということ。
このことがはっきりしている自分にOKを出す。
すると、私の場合、その後の自分の言動に責任が持てるようになります。
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『君たちはどう生きるか (岩波文庫)』を読んでみようと思ったのは、
国連難民支援 日本UNHCRのホームページのウガンダUNHCRリラ事務所・
所長の高嶋由美子さんのインタビューを拝見したのがきっかけです。
http://www.japanforunhcr.org/act/a_africa_uganda_03.html
インタビューの中で高嶋由美子さんは、
“吉野源三郎の著書『君たちはどう生きるか』も私の人生のバイブル書です。
落ち込みそうなときに、この本を読み返すたびに、またがんばろうと思わせてくれるのです”
ウガンダという国で難民支援をしている人が励まされる本とは一体どんな内容なのだろう?
そんな好奇心がきっかけでした。
一気に読み終えました!
初版は第二次世界大戦前の1937年です。
今読んでも古さを感じない内容です。
個人の人生と社会がいかにつながっているかを再認識しました。
コーチングと重なる内容もあり、おおいに共感しました。
その部分を要約すると、
『コペルニクスが地動説を唱えるまでは、地球のまわりを回っているのは太陽や星だと、
目で見たままに信じていた。
人間というものは、いつでも自分を中心として、ものを見たり考えたりするという性質を
持っているためだ』
ものの見方ひとつで、世界が広がります。
見方をちょっと変えるだけで、宇宙の真実が姿を現します。
今まで説明のつかなかったいろんなことが法則で説明されるようになり、
人類の進歩につながり、今の社会があるのです。
また、子どもの頃の苦い体験も思い出されます。
そして、苦い体験はそれぞれ違うけれども、どの人も持っているのだということを知ります。
その体験が今の生き方にも影響しているのだということも・・・
次に読み返す時も、一気に読み終えるだろうと思える一冊です。
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日常の交通手段として、バスを利用することは滅多にありませんが、
仕事先への移動に使うことがたまにあります。
最近はノンステップバスが増えているので、
旧式のステップありのバスに乗り合わせることは、ほとんどありませんでした。
久しぶりのステップバス。(こんな呼び名じゃないだろうけれど)
段差がとても大きく感じました。
ノンステップを使い慣れていると、
あれっ?こんなに差があったなんて~、ちょっとした驚きです。
お年寄りが多い時間帯だったので、全員が乗り込むまでに、かなりの時間を要しました。
思わず介助しようかと思ったぐらいです。
バスのステップを上がるのも、お年寄りにとっては大変な動作です。
自分の目線だけで物事を捉える習慣は、やっぱり意識しないと変えられないものだ、
と実感しました。
ノンステップバスで、
「このバス乗りにくいわっ!」という声を耳にしたこともあります。
もっと便利に快適に。
人の欲求は便利さと快適さを求めて、さらに多様化の時代なのかもしれません。
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ある市民団体にボランティアスタッフとして関わり、4年目になります。
その市民団体主催のフォーラム開催当日も、ボランティアスタッフとして参加しました。
大きなイベントがあった後は、いつもお礼のハガキをいただきます。
その市民団体のスタッフそれぞれが、ひと言ずつコメントを添えてくれた
心のこもったハガキを受け取った時は、毎回うれしい気持ちになります。
あるボランティアスタッフの方が、「おハガキありがとうございました」
とスタッフの方に伝えていらっしゃいました。
その場面に遭遇して、頭に岩が落ちてきたような衝撃を受けました。
私もハガキをもらってうれしい。
この気持ちは、お礼を伝えていたボランティアスタッフの方と同じだと思います。
それでは、この人と私の違いは何か?
それは、お礼状をもらって当然という気持ちが私にはあるということ・・・
傲慢。
だから、お礼状をもらったことに対してお礼を言う、
という気持ちがスッポリ抜け落ちていたのです。
お礼を対価だと捉えていたということですよね。
こんな自分が恥ずかしい。
感謝知らずの自分が情けない。
してもらったことを、私が何かをしたからだ、と相殺する自己パターンを目の当たりにしました。
このボランティアスタッフの方に感謝します。
ほんとに大切なことを教えてくださいました。
“やってもらって当然” から、“やってもらったことに感謝する” に変えていこう!
written by hamabata




