英国ロイヤル・オペラが今年9月に来日すると知りました。
http://www.nikkei-events.jp/opera/royal.html
18年ぶりの来日です。
“タイ米”いいえ“大枚”を叩いて、
18年前、この英国ロイヤル・オペラを観に行きました。
20代前半だった私はコツコツと貯めたお金で、
気合を入れてチケットを購入したのを思い出します。
あの頃の私には、かなり高額の出費でしたが、
本物のオペラを観たい!という熱い思いが圧倒的勝利。
作品は『ドン・ジョヴァンニ』。
本物のオペラ歌手の声量やオーケストラの臨場感にも驚きましたが、
何よりも、舞台美術の美しさには息を呑みました。
すっかり魅了されました。
比較するのは、どちらにも失礼な話ですが、
子どもの頃からテレビで、吉本新喜劇を見慣れて育った私にとって、
吉本新喜劇の舞台セットが基準となっていたので、
英国ロイヤル・オペラの舞台芸術を目の当たりにした
あの時の衝撃と感動は筆舌に尽くし難い、と言うしかありません。
その時の私の顔には、「カ・ル・チ・ャ・ー・シ・ョ・ッ・ク」という文字が
クッキリハッキリと浮かんでいたことでしょう。アハハ。
終演後、「ブラボー!」と前列中央の辺りに立つ人の後姿に見覚えがあると
思ったら、私の勤める会社(当時)の社長でした。
社長はタキシードに蝶ネクタイの正装姿で、興奮気味にブラボー!
社長も来られていたのかと嬉しく思いました。
と同時に、社長という地位になると、あんなに良い座席を確保できるんだな~、
少しばかり虚しさを感じた記憶もなきにしもあらず・・・です。
若いときに、上質のものに触れることは大切だと、
18年の歳月を重ねた今、つくづくそう思います。
若いうちに体験した上質感やカルチャーショックは、
その後の自己形成や成長に影響があったのではないかと思っています。
18年ぶりの来日のニュースに、18年前の舞台が鮮やかに蘇ってきました。
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先週末は、妹に誘われて、日舞を観に行ってきました。
妹の知り合いが出演するとのことで、
腰ぎんちゃくのように着いて行った次第です。
会場は国立文楽劇場。
立派な劇場で本格的なものでした。
私は妹の知り合いの人のことを知らないけれど、
知っている妹にとっては、ふだん見たことのない彼女の姿を見るわけです。
それって、いいな♪ と思います。
その人の別の側面を体感することで、
妹の中で、その人の新しい一面が加わり、その人がさらに立体的になっていくわけです。
人は多面体。
私なんか、彼女の舞う姿しか知らないわけです。
彼女のおしろいで白くお化粧した顔しか見ていないから、
悲しいかな、彼女のふだんの顔は浮かびません。
会っても間違いなく分かりません。
妹は、ふだんの彼女も舞う彼女も両方知っているから、立体的です。
肝心の舞台の話からかけ離れた話題になってしまいました。
ひとつ言えることは、
日舞という触れたことのない世界を垣間見て、
私の中の何かが刺激されて、出てきた話題だったのは間違いありません。
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卒業シーズンですね。
卒歌ランキング1位は、レミオロメンの『3月9日』だとか。
レミオロメンの曲は『粉雪』ぐらいしか知らない私ですが、
『3月9日』というタイトルに興味をそそられ、youtubeで聴いてみました。
心地よいメロディーですね。
私の小学校の卒業式は、たしか山口百恵の『いい日旅立ち』だったような。
講堂で何回も練習した覚えがあります。
中学や高校はよく思い出せませんが、
ユーミンの『卒業写真』やイルカの『なごり雪』、3年B組金八先生の主題歌・
海援隊が歌う『贈る言葉』などが卒歌でした。
尾崎豊の『卒業』なんかも流行っていたと思います。
尾崎豊の歌声や歌う姿が、心に痛々しく響き、しんどくなるので
好んでは聴きませんでした。
卒歌は時代によって変化していきますが、
誰もが経験する“卒業式”という空間に流れるそれぞれの曲には
何かしら共通のものを感じます。
うまく言葉にならないけれど、大事にしておきたい何かがあるように思います。
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3月からGmailを使い始めました。
迷惑メール対策にもなりますし、携帯でメールチェックもできるそうです。
“できるそうです”と言うのは、
試しに携帯でメールをチェックしようとしたら、文字化けしてしまったからです。
恥ずかしながら、使いこなせていない状況です。
まだまだ慣れていませんが、少しずついろいろな機能を便利に使えるように
なれればと思っています。
他には、Googleリーダーも使っています。
読みたいブログを登録しておくと、更新されたブログが一目瞭然です。
Internet Explorer のお気に入りにズラリとブログを並べなくてすむので、
スッキリと整理できます。
グーグルでは、Doodle 4 googleという小中学生対象のデザインコンテストも
開催されています。http://www.google.co.jp/intl/ja/doodle4google/
グランプリには学校へのPC助成金が贈られるようで、こういった活動にも好感が持てます。
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旬を過ぎてしまったバンクーバーオリンピックですが、
忘れられない印象に残ったシーンのことを今日は書いてみます。
会期の初めのほうで行われたスピードスケート男子500メートル。
そうです!日本が銀と銅をとったあの競技です。
私の忘れられない選手は、その日本選手たちではなく、
どこかの国の、名前も忘れてしまいましたが、長年選手を続けてきて、
この競技の頂点に何度も立ったことのあるベテラン選手です。
このオリンピックを最後に、引退を表明していたようです。
最後のオリンピック、最後のレースは、
彼にとって満足のいく結果ではなかったようでした。
レース後、その選手の姿がずっと映されていました。
涙こそ流してはいないけれど、目を真っ赤にし、何かをかみしめるような姿に、
最近読んだジャック・ロンドンの短編小説『一枚のステーキ』の主人公のベテラン・
ボクサーの姿が重なりました。
(『一枚のステーキ』は、『火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)』に
収録されています)
長年の経験に裏打ちされた熟練の技術は持っている。
しかし、以前は持っていたけれど、今は持ちたくても持てない若い肉体に宿る
伸びやかでみずみずしい筋肉に、最終的には勝つことができない。
ベテランのスケート選手もボクサーも、
かつては、若くすばらしい筋肉を持った選手だったのです。
若い時は、年をとった時のことを想像すらしません。
しかし、メダルを手に入れた素晴らしい身体能力を持った選手たちにも、
この現実は等しく訪れます。
人は一生をかけて変化していきます。
発達する部分もあれば、衰えていく部分もあり、変化していきます。
そういうふうにできています。
その変化の狭間で何かをかみしめるように感じているベテラン選手に
私は心動かされたのかもしれません。
バンクーバーオリンピックの忘れられないシーンでした。
※『火を熾す』についても書いています。興味のある方はご覧ください。
http://www.a-relation.com/diary/2010/01/post_353.html
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