2020年9月

「待つ」について


今、私は待っています。

待つ女…。 秋ですね。

なぜか感傷的になっちゃいました(笑)
ちがう!違う!もっとドライなお役所関連の業務的な待ちです。

こちらから連絡することができないなか、
いつ連絡が入るか分からないで待っています。

待っていて気づいたのは
今回の「待つ」の前に、待ったのはいつだろう?
最近「待つ」という経験をしていないかもしれない。
私の生活から「待つ」が薄れつつある…ということです。

ちょっと世の中を見渡してみてください。
日常の営みから「待つ」の姿が、消えつつあるように思いませんか?

携帯電話がなかった頃、待ち合わせしても会えないこともありました。
自分が遅れたり、相手が遅れたり。すぐに連絡が取れない。
会ってみないことには、お互いの事情は分からない。

自分が待っているときも、相手を待たせているときも
いろいろ想像します。いろいろ考えます。
相手によっても、自分の心理状態が違ったりもします。

待ったり待たされたりは、極力無いのがよいのでしょうが
待つことで人間らしい感情を味わい、想像力が刺激され、
思考を整理して、次の行動への変化を経験できます。

経験が減っていくのは、寂しくもありますね。
待つという行為も貴重な経験なのだと、待ってみて気づきました。

待つことで、待つということを考えることができます。
待つを起点に、何か別の発見があるかもしれません。

待たない生活では、待つについて考えることはほぼありません。
何事も経験を通じて、考え理解が深まるということだと思います。

待つ以外にも経験するさまざまな行為が、
私たちの生活、もっと言えば、私たちの人生を
彩り豊かなものにしてくれているのではないでしょうか。

私も、今の「待つ」経験によって、さらに何が起きるのだろう?
何を思い何を考えるのだろう? 好奇心を持って待ちます!


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