学びコラム
心のお買い物、楽しんでますか?
洋服を買いに出かけて(ネット通販でも)、
どの服がいいかな?と選びます。
買い物には「選ぶ楽しさ」があります。
あぁ~苦しい、辛い~、と艱難苦行のごとく
買い物をする人はいないですよね?
買い物では「選択の楽しさ」を味わいます。
私たちは、無意識に考え方や行動も選んでいます。
それじゃ、いっそのこと、考え方や行動も、どれにしようかな?
買い物のように選んでよいのではないでしょうか?
買い物のように楽しく選ぶ、という選択肢もあるということです。
嫌な気分になる考え方も選べますが、気持ちよくいられる考え方を選ぶのもありです。
イライラする考え方も、心が落ち着く考え方も選べます。
心がカサカサになる考え方も、柔軟でいられる考え方も選べます。
相手を不機嫌にする行動も、相手が笑顔になる行動も、選択は自由です。
どうせ選ぶなら、楽しくなる、幸せになるほうを選びたいですね。
洋服を選ぶとき、「なんでもいいわ~」ではないように、
考え方や行動もあなたに選択の自由があります。
洋服選びのように「選ぶ楽しさ」をもっと味わってもよいのではないでしょうか。
今日、あなたはどんな考え方や行動を『お買い物』しますか?
「手段」にこだわりすぎていませんか?
私たちは、目標を達成しようとするとき、
つい「方法・手段」に走ってしまう傾向があります。
他者への問いかけは、「どうやるんですか?」
自分への問いかけも、「どうすればいい?」
…思い当たるのではないでしょうか。
私たちは結果を得ようとするとき、ほぼ自動的に
『結果』に焦点を当てるのではなく、『手段』に焦点を当てます。
『結果』ではなく『手段』ばかりを追いかけます。
だからこそ、手段が思いつかないと立ち止まり、悩み込んでしまいます。
もし今、「どうすればいいか」と行き詰まっているなら、
それは「考える順番」が違うだけかもしれません。
悩む前に、一度立ち返ってみてください。
「なぜ、やるのか?」
「なぜ、やりたいのか?」
「それを達成したら、どんな未来が待っているのか?」
まずは、あなたのその想いや熱量を、誰かに話してみてください。
「なぜやるか」という源泉にあるエネルギーが大きくなれば、
「こうやってみよう」というアイデアは自然と湧き上がってくるものです。
考える順番、その流れを変えるだけで、目の前に広がる景色はガラリと変わりますよ!
時間感覚
今日は夏越の大祓です。
2026年も半年が過ぎようとしています。
私たちは「時間は過去から未来に流れている」と考えています。
考えているというより、そう思い込んでいます。
私たちが今使っている時計は、2本の針が動きますが
江戸時代の和時計は、固定された針の周りを文字盤が動く仕組みでした。
西洋の価値観が入ってくる前の江戸時代、
「時間は未来から過去に流れている」と日本人は考えていたのです。
「未来はやって来る」ものでした。
現在の西洋から入って来た時計は「未来に進んでいく」
和時計は「未来がやって来る」
書初めや年賀状に書かれる「迎春」(新年を迎える)という言葉は、
和時計を創り出す日本人らしい言葉だと思います。
他にも「春がやって来る」…夏も秋も冬もやって来ますね。
季節という時間感覚は、和時計そのもののように感じ、
「未来がやって来る」という時間感覚が強くなります。
「未来に進むために、今ここから行動する」という時間感覚。
「やって来る未来のために、今ここにいて行動する」という時間感覚。
私は今、明日の研修の準備をしています。
明日の研修という未来に進むために、今準備という行動をしていると捉えると
前に進もうと力が入ります。
やって来る研修のために、今ここにいて準備という行動をしていると捉えると
現在(今)にいていいんだとリラックスして行動できます。
準備というプロセスそのものが
「完了すべきタスク」から「やって来る未来との調和」へと変化する感覚です。
また、今ここで起こっているものごとを体験し、ただ目の前のことに集中する
状態『マインドフルネス』のような感覚にもなります。
時間の捉え方による感覚の変化をぜひ味わってみてください!
本当に能力不足?
失敗してしまうと
自分の能力不足を感じてしまう・・・
誰にでも大なり小なりあると思います。
この「能力不足」
さて、本当にそうなのでしょうか?
本当に能力が不足しているのでしょうか。
「自分には能力が無い」
と無意識の部分で思っているのではないでしょうか。
無意識にそう思い込んで
自分に制限をかけている人が多いのです。
能力が不足しているのではなく、自信が不足しているのかもしれません。
「自信がない」と無意識の部分で思っているのでは?
自信をもつことを許可していいのです。
自信とは、何でもできて失敗しない人に
授与される賞品ではありません。
自信とは、自己信頼です。
自分ならできる、対処できる、という心の状態です。
長所も短所もありのままの自分にOKを出せている心の状態です。
たとえ、失敗したとしても
ありのままの自分を受け入れていれば
失敗から学ぼうとする意識が働きます。
能力がないと考えるのではなく、
できる!大丈夫!と自分を信頼する能力を発揮します。
自分を信頼する能力を発揮して、事に当たる。
あなたが失敗しなくても、
まわりに失敗して立ち止まっている人がいるなら
その人が自分を信頼する能力を発揮できるよう
かかわってほしいと思います。
そのとき、あなた自身の自己信頼能力も発揮され深まっていきます。
適量を知る
他の人が困っているとき、誰かがオーバーワーク状態のとき、
少し無理してでも手伝う人は多いのではないでしょうか。
サポートしたり、代わりにやったりすることは日常的にあると思います。
これ自体は全然問題ないと思います。
ただ、他者をサポートすることによって
自分が酷くオーバー・ワークになる。
自分の仕事に支障が出る。
気持ちに余裕がなくなり、いっぱいいっぱいになる。
このようにストレスフルな状態になり、
その状態が続くときは一旦立ち止まることが大事です。
ストレスフルな状態になることが分かったら
そこで初めて「自分の適量が分かる」ということです。
どこまでが適量なのかを知るチャンスです。
適量を知るには、やってみないことには分かりません。
だから、少し無理してみないと
適量は分からないものです。
何事もやってみないと分からないのです。
やってみて、何に気づくのか、そこから何を知るのか、学ぶのか。
次に活かすことが重要です。
そして、他者をサポートするとき
余裕があるかどうか。
心の「余白」を知ることも大事にしたいです。
大丈夫
小学1年生のとき 、先生に宿題に丸をつけてもらって
「よくできました」の桜の花丸ハンコを押してもらう。
それがとても嬉しかったのが記憶に残っています。
そのとき私は、先生みたいに丸をつけて桜の花丸ハンコを押したい!
という単純な理由で先生になりたいと思ったのでした。
(先生になりたいと思ったのはそのときだけで
以後、桜吹雪のように儚く舞い散り、すっかり忘れていました)
コーチングをしていて、小学1年生の私がいることに気づきます。
人は、そのときどきで悩みや課題があります。
その人が困っていたとしても
「助けてあげたい」とはならないのです。
と言うのも、その人はもともと「大丈夫」(花丸)なんですから。
するのは、「この人は大丈夫」と信じ切ることです。
もうすでに、丸(マル)ですよ!
何があってもあなたは大丈夫!
その人の持つ力を信じています。
何も入り込む余地なく大丈夫と信じて、かかわります。
小学1年生の私が、先生から頂いたのは
花丸を通しての『大丈夫』だったのかなと思います。
あなたも私も、誰もが大丈夫な存在なのです。
自然界には直線は存在しない
サグラダ・ファミリアの建築家アントニオ・ガウディはこう言っています。
『自然界には直線は存在しない』
『直線は人間に属し、曲線は神に属する』
世の中には、どんどん直線が増えているように感じます。
直線は、便利さや機能性を追求する私たち人間に属します。
効率の良さを追い求めると、どうしても直線コースになります。
整備されたまっすぐな道路。
進学・就職・結婚などライフイベントもまっすぐな線の上に。
欲しい情報を一瞬で得ることができる、ピッとするだけで物が買えるシステム。
私たちも自然界に存在する生き物として、直線ではないはずですが、
日常に溢れる直線に従って行動しているように感じます。
だから、閉塞感や息苦しさを感じることがあるのかもしれません。
人はまっすぐな道から外れることを恐れますが、
私たちはそもそも直線ではない自然物です。
なので、つまずいて転んで道から外れます。脱線します。
迷って悩んで紆余曲折があります。
その脱線が、その曲線が、大事なこともあるのではないでしょうか。
遠回りして、本当に行きたいところに辿り着けることもあるのではないでしょうか。
なんだかんだ言っても、私たちは直線を好む曲線です。
まっすぐを求めるまっすぐではない生き物です。
「そのまんまで良し」としましょうか。
世界をつくっているのは
以前は、猫が嫌いでした。(今は好きです!)
子どもの頃、友だちの家のこたつに足を入れた瞬間、
中にいた猫に、狂ったように引っかかれたのがきっかけです。
それからは、どの猫も敵に見えました。
意地悪そう、わがままそう、気分屋に見える。
猫を好きになれる要素がまったくありませんでした。
「ああ、やっぱり、猫は苦手。嫌いだな」
__________
あるとき、ふと思いました。
猫も、人も、同じだと。
「あの人、苦手だな」
何かきっかけがあって、
あの人が嫌いになります。苦手になります。
そして「ああ、やっぱり、あの人、苦手だな」
という出来事が起きます。
というか、‟苦手・嫌い” を強化する出来事しか起きません 笑
「やっぱり」
この言葉が出てくるのが曲者です。
起きる前に、すでにそうなることを予測している言葉です。
苦手な猫も、嫌いな猫も、苦手な人も、嫌いな人も、
私がつくりだしている。
このことが腑に落ちてから、
苦手や嫌いがだんだん溶けていきました。
苦手も嫌いも、自分自身がつくりだしているだけですから。
私たち一人ひとりは同じ世界を見て、
同じ世界を生きているのではないのです。
それぞれに見たい世界を見て、その世界を生きています。
自分の世界は、自分がつくりあげている。
世界は広いのです。
視野を広げましょう。
視野の広さは『希望』に。
視野の狭さは『絶望』に。
見る世界は自分で選べる、と知っておくだけでも違いますよ。
客観視して捉え直す
思考の無限ループに入って
なかなか脱出できないときはありませんか?
そして、一度考え始めてしまうと
どこまでも悪く考えてしまうものです。
ネガティブ・ループがガッチリ出来上がります。
モヤモヤしているときもそうですが、思考を整理するには
頭の中の考えを紙に「書き出す」のがよい、とよく耳にしませんか?
単に考えを書き出すよりも
「事実」と「解釈」に分けて書き出すことをおすすめします。
白い紙の真ん中に縦棒を1本引いて、事実と解釈に分けて書き出すだけです。
カンタン♪カンタン♪
「事実」と「解釈」を書き出すだけでもスッキリしますが
さらにおすすめは、声に出して読み上げて客観視することです。
脳内思考を客観的に捉えることができます。
自分で話して自分で気づくオートクライン効果もあります。
「事実」と「解釈」を客観視して、その次は「捉え直し」ます。
12月28日の『学びコラム』に書いたユーミン(松任谷由実)の言葉も有効に使えます。
『自分を強く持っていれば、
それはそれで学びがあるかもしれない』
こう自問します。
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これらの「事実」と「解釈」から何を学ぶことができるだろう?
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建設的で発展的な考えが出てくるでしょう。
出てきた考えも声に出して言葉にしてみましょう。
思考の無限ループは「悩む」です。
「悩む」より、「考える」を選びたいですね!
自分を強く持つ
あるインタビュー番組での
ユーミン(松任谷由実)の言葉が心に響いて残っています。
『自分を強く持っていれば、
それはそれで学びがあるかもしれない』
インタビューの文脈からすると、新しいアルバムに込めたメッセージ
「強く、生きよ」からの言葉だと思いますが、それは脇に置くとして
私がこの言葉から受け取ったものを書いてみます。
『自分を強く持っていれば、
それはそれで学びがあるかもしれない』
自分を強く持っていれば…「大丈夫」というようなOKを出す言葉が
続くのかなと思いきや、「それはそれで学びがあるかもしれない」
という言葉選びに妙を感じます。
「それはそれで学びがあるかもしれない」と来ると
前の「自分を強く持っていれば」の「強さ」の意味合いも広がります。
自分を強く持つ、にはいろんな強さがあるのではないだろうか?
それに、強さには「弱さ」も含まれているのではないだろうか?
ユーミンの言葉の世界に引き込まれていきます。
「それはそれで学びがあるかもしれない」と来ると
自分を強く持つとは、何事にも向き合おうとする姿勢が強さなのかもしれない。
ユーミンの言葉の世界に、想像が翼を広げ始めます。
「自分を強く持っていれば」は、密度が高く、ぎゅっと凝縮されているイメージ。
「それはそれで学びがあるかもしれない」は、「余白」「空間」「成長」広がりのイメージ。
「収縮」と「弛緩」…心臓や筋肉の動きにも連想が広がっていきます。
ユーミンは心に残る歌詞を紡ぐように、
インタビューの言葉も私たちの心に残るように紡いでくれます。
実際に、最近大きな出来事があったとき、
『自分を強く持っていれば、それはそれで学びがあるかもしれない』
を思い出して、この出来事から何を学ぶことができるだろう?と自問しました。
すると、出来事に向き合う自分がすっと立ち上がってくる、という体験をしました。
ユーミンの力は偉大です。



