さだまさしのアルバム 『予感』
ジャケットの優しい美しさに惹かれて、聴いてみることにしました。
井伏鱒二の詩 『つくだ煮の小魚』に、
さだまさしが曲をつけた作品があります。
この詩と音楽がとても合っていて、
なんともいえない雰囲気に、何度も何度も聴き入ってしまいます。
他の曲も優しい気持ちになる、すてきなアルバムです。
私にとって、
井伏鱒二といえば、中学の夏休みの課題図書だった 『黒い雨』
この作品しか読んだことがなかったのですが、
『つくだ煮の小魚』に触れて、他の作品も読んでみたくなりました。
さらに、私にとって、
“さだまさし”といえば、小学校高学年の頃を思い出します。
当時の私は、ピンクレディーやジュリーのレコードを買っていました。
同い年の幼なじみは、なんと “さだまさし”でした。
小学生ながら、さだファンというあまりの渋さ。 当時の私には理解不能でした。
今思うと、彼女は、感性豊かな優しい心の持ち主だったなぁ、そう思います。
このアルバム 『予感』の中に、“思い出暮らし”という曲があります。
この曲のライナーノートに、こう書かれています。
「思い出」とは「ありもしない出まかせの嘘」などではなく、
「確かな記憶」から育つ美しい果実であるということを忘れてはいけない。
私の中の確かな記憶から育つ 幼なじみの思い出は、私の心を柔らかく解きほぐしてくれる美しい果実です。
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遅ればせながら、
あけまして おめでとうございます
両親からの年賀状に書かれていた言葉。
2012年は、この言葉のような1年にしたいです。
穏やかで
明るい年で
あります様に
皆さま、今年もよろしくお願いします!
← 実家の玄関に飾られたお正月の花です
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今日は、クリスマス。
書店で本を買うと、店員さんが「クリスマスプレゼントです」と言って、
チョコレートとキャンディー入りの小袋を手渡してくれました。
商店街の福引では、小額ですが、金券が当たりました。
わたしって、貰ってばかりだなー、ふと思いました。
電気・ガス・水道や交通機関なども整っていて、
暖かい布団で何の心配もなく、ぐっすり眠ることができます。
そして、ある本に書いてあった言葉を思い出しました。
普段、私たちは与えたものよりもずっと多くを受け取っていることはほとんど気づいていません。そのことに感謝して初めて生活は豊かになります。
今日は、感謝の一日にしたいです。
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1ヶ月ぶりの休日。
11月はよくがんばりました~。
曇ったり雨だったりの先週末、紅葉まつり最終日前日の万博記念公園へ行ってきました。
紅葉目的に行きましたが、太陽の塔のすばらしさ、再発見となりました。
あまり見ることのない後姿。
長い年月を経て、ちょっとくたびれたような汚れも目立ちますが、味のある後姿です。
丸みのあるどっしりとしたフォルム。
顔は超立体です。
真正面からは、威風堂堂たる風貌。
ここはイースター島?
一瞬、モアイ像とみまがいます。
この角度から見ると、太陽の塔がどんどん迫ってきます。
地球が回っているのを体感できます。
自然豊かな場所に行かなくても、ここ大阪でも、地球のダイナミックな躍動を感じることができます。
私の大好きな岡本太郎が、余すことなく、溢れんばかりに表現されています。
この角度になると、私はどこにいるのか?わからなくなります。
地球と太陽の塔と私が、一体となります。
小学生の男の子たちも、
「すごい!でっかい!わぁー!!」
声も体もめいっぱい使って、感動を表現していました。
そんな子どもたちの姿を見て、私も感動!
子どもたちの生命の躍動感が、ダイレクトに伝わってきます。
子どもたちの躍動が連鎖して、地球も私も躍動します。
岡本太郎の偉業を再確認した休日でした。
最後に、遠目の後姿。
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毎日の生活は、時間の流れとともにあるように感じがちです。
ある方が亡くなり、約3ヶ月前、お別れ会に出席しました。
その席で、ある女性のお別れの言葉が、今も心に残っていて、時折思い出します。
その言葉とは、
「○○さんは、隅々まで生きた人です」
人生を時間で生きるのではなく、空間で生きる。
まさにこの表現どおりの生き方だったのではないかと思います。
時間に追われる感じのとき、この言葉を思い出します。
今、直線的になってるね。
隅々まで満たしながら、いこう。
じんわり、隅々まで。
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