2007年6月

意識の方向


ある企業での長期間に渡るコーチング研修がもうすぐスタートします。
研修のイメージを膨らませるために参考にさせてもらおうと、
ある大学のコーチング自主ゼミを見学に行ってきました。
(結局、参加しました)
クライアント役の学生さんは、大勢が見ている中でも
意識が自然と内側に入っていきます。
コーチの意識がコーチ自身の内側に向いている。
それはコーチングではなくなります。
クライアントの意識が、しっかりクライアント自身の内側に向き、
内面にアクセスできる状態にある。
これがコーチングです。
そういう場をつくることの大切さを、コーチとして再認識しました。


堂本印象美術館


個性的な外観の建物。
この建物は何だろう?と前々から気になっていました。
美術館だということがわかり、美術館好きな私としては見逃せません。
近くまで行く機会があったので、立ち寄ってみました。
近代日本画の大家、堂本印象の美術館です。
昭和41年に建てられたこの美術館は、
一歩中に入ると、昭和の時代を思い出させてくれます。
インテリアも雰囲気も匂いも昭和が漂っています。
しかし、薄型テレビだけが21世紀。
とはいえ、全体的にノスタルジックな雰囲気漂う美術館でした。
京都府立 堂本印象美術館  http://www2.ocn.ne.jp/~domoto/


そのままにしておかない


最近、コーチングの勉強会に参加する回数がめっきり減っていることに気づきました。
コーチ同士の集まりに、久しぶりに参加しました。
今回、参加して学んだことは、
「腑に落ちないことをそのままにしておかない」
ということです。
ある事について聞かれ、答えたのですが、
自分の発言(答え)に何か引っかかるものを感じながら、
会話は流れていきました。
「腑に落ちない」 「違和感がある」 「気持ちがモヤモヤする」
このような表現ができます。
引っかかりながらも、何に引っかかっているのかわからず、
その場と時間を過ごしたので、いつもよりテンションの低い自分がいることにも
引っかかりながら・・・。
帰りの電車で、セルフ・コーチング。
ある事について、ある事の「人」に対して引っかかっていたのではなく、
ある事の「内容」に対して引っかかっていたのです。
答えを出したつもりでも、自分の本当の答えでない時もあります。
浅いところで答えているよ、と自分の感情がサインを出してくれます。
日常ははやいスピードで過ぎていきます。
小さな違和感、それが何であるのかじっくり問いかける時間もないくらいのスピードで。
腑に落ちない、小さな違和感を、そのままにし、どんどん積み重ねていくと、
ますます本当の自分から遠ざかり、迷路に迷い込んでしまいます。
「腑に落ちないことをそのままにしておかない」
その答えを自分で見つけることが大切です。
自分の感情に、深さや広がりがあることを意識する。
モヤモヤしたままなのに、浅いところで決着をつけない。
同じことを何回も繰り返さないためにも。


幻想と妄想


高校時代からの友人たちと1年ぶりぐらいに会いました。
今回は、高校卒業以来、まったく会っていなかった子とも会いました。
20年ぶりかぁ・・・数字にすると迫力あります。
話題のキーワードは、“幻想”と“妄想”。
それは妄想やん、これは幻想やー、ワイワイ盛り上がりました。
みんなの分析がおもしろい!
その時は、「こういうのが妄想で、こういうのが幻想」と納得しました。
もう少し調べてみようと、家に帰って辞書を引いてみました。
【 幻想 】 根拠のない空想。とりとめのない想像(をすること)。
【 妄想 】 ない事に対して病的原因からいだく、誤った判断、確信。
【 妄想 】  正しくない想念。転じて根拠のない想像。→仏教語から。
見事にわからなくなってしまいました。あの納得感はなんだったのか?
病的原因の妄想は違うとすると、幻想と妄想の違いがよくわからない。
さらに、空想と想像の違いは何?となってきます。
日本語の微妙なニュアンスでしょうか。
微妙なニュアンスのさじ加減ということで、
いい加減なところでやめておこう、そう思いました。


天然酵母の食パン


天然酵母の食パン。
歯ごたえのある固さが好きです。
しっかり(噛んで)食べたぞ~という気持ちになります。
しかし、この固さが時には凶器と化します!
トーストすると、パンのみみも香ばしくカリカリ、さらに固くなります。
そこが落とし穴・・・
パンのみみが喉に刺さったような痛みを伴い、喉から食道へと通過していきました。
痛いぞぉ!
喉が傷ついた~。出血はしていないようです。ひと安心。ホッ。
2日ほど、喉がはれている感じでした。
今はなんとか治ったようです。ホッ。
喉をいたわりながら、よく噛んで食べるようになりました。
数年前、友人がフランスパンのバケットのかけらが喉か食道かに刺さり、
病院に行った話を真剣にしているのを聞いて、大笑いしたことがあります。
人に起きることは自分にも起きる。。。教訓です。
こんな私、笑い飛ばしてやってください。
バケットもこわいけれど、天然酵母食パンのみみもこわい。


お気に入りのブログ


ネット検索していると、“お気に入り”があまりにも増えすぎてしました。
また見ることもあるだろう、とりあえずお気に入りに入れておこう、
たまりに溜まったサイトがズラ~リ。
大半を削除し、残したサイトはフォルダを作って整理すると、
画面内にキレイに納まりました。
すっきり♪気分いいですー。
今日は、こまめにチェックしているブログを二つ紹介します。
ひとつは、
ニューヨーク在住の人のブログ。
http://blog.zaq.ne.jp/yuzulemon/
NYの衣食住について、センスの良い写真がステキです。
カロリー高そうだけど、美味しそうだなぁ・・・特に“食”が私のお気に入りです。
もうひとつは、
ハサミと紙を自由自在に操って、いろんなものを作る人のブログ。http://angel.ap.teacup.com/scissorhands/
こんなことができてしまう器用さがすばらしい!
今度は何かな?新作が楽しみです。
私が好きなブログの特徴って何だろう?と考えてみると、
目で見て楽しめる!
なんですね~。
視覚を刺激されると脳が刺激されるのでしょうか。
ニューヨークの街や生活を想像したり、
本物の昆虫や生き物を想像したりして楽しませてもらっています。
ちなみに、この方々、私とは縁もゆかりもございません・・・


素直


このコラムのテーマは 『学び』です。
今日はコラムの大テーマである『学び』に絡めて書きたいと思います。
学ぶ、学びを深める、そのために大切なことは何だろう?
私にとって、学ぶために大切なことは?
そう問うた時、一番に浮かんだのは、“素直”であるということでした。
特に、個人で仕事をしていてると、
企業で働いていた時のように上司もいないので、
助言や苦言を言ってもらえることが少なくなってきます。
会社に勤めている時は、
アドバイスや注意されても、時には素直に受け止めず、
聞き流したり、反発心がわいてきたり、やる気をなくしたり・・・子どもっぽかったなぁ。
よりよい仕事をしよう。人間性を磨こう。
そのためには、他者の意見や助言に素直に耳を傾け、素直に受け止め、
どうやったらもっとよくなるだろう?
そう捉えるほうが得るものも大きいのです。
「素直な人」というのは、
「誰の言うことでもよく聞く人」ではなく、
「誰の言うことでも受け止め、自分の中でよく咀嚼し、自分のものにしていく人」
「どんな人からでも、どんな出来事からでも、学ぼうとする“素直”さを持った人」
素直な人は前向きです。
素直な人は前向きに学ぼうとするので、良いことがたくさん起こります。
意固地にならず、ひねくれず、まずは、素直に受け止めてみましょう。
学びたいのなら、学ぶことが楽しいと思えるようになりたいのなら、
素直に受け止めてみましょう。
本来のあなたであり、自然なあなたであり、息苦しくないラクなあなたでありたいのなら。
“素直”であることは、ありたい自分を見つける近道かもしれません。
人生は学ぶことだらけです。
真に学ぶ人は素直な人。


舞姫 テレプシコーラ


最近、コミック本をあまり読んでいませんでした。
読み出すとやっぱりおもしろ~い!
山岸凉子の 『舞姫 テレプシコーラ』を一気に読みました。
バレエダンサーというだけでなく、コリオグラファー(振付師)へと
展開していくところに興味がそそられます。
バレエの世界だけを描くのでなく、いじめや社会問題も盛り込まれているので
ストーリーに厚みが出て、読み応えがあります。
現実とバレエの厳しさ華やかさが、巧みに交錯する山岸ワールド。
山岸凉子の漫画家としての力量は凄みを増しています。
私の中の日本史では、
聖徳太子としてでなく、厩戸王子として確固たる存在感を放つ要因になった
山岸凉子の代表作 『日出処の天子』。
その話になった時、知人が
印象に残っている蘇我蝦夷の言葉をスラスラ~と言うのを聞いて、
ひっくり返りそうになった経験もあります。
それぐらい人の心に印象深く今も残っているということですね。
山岸凉子だけでなく、萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子も好きでした。
竹宮惠子の 『地球へ・・・』は、今新たにテレビ放映されています。
http://www.terra-e.com/
昔、映画館で観た 『地球へ・・・』を思い出しながら、しっかり観ています!
それから、竹宮惠子といえば、『風と木の詩』でしょう。
昔のマンガを語り出すと、オタク感たっぷりです。


写真ノ中ノ空


詩は谷川俊太郎、写真は荒木経惟。
詩人と写真家、ふたりの『空』が見事なコラボレーションの写真詩集です。
この日記でも、谷川俊太郎の詩のことを何回か書いています。
谷川俊太郎の言葉は、私の中にダイレクトに入ってきます。
わずか数行に凝縮された言葉が、すべてを表現しています。
この『写真ノ中ノ空』では、地球や雲を“色っぽさ”で表現する
詩人の豊かな才能に思わず唸りました。
谷川俊太郎の言葉の空に、アラーキーの写真の空が交わり、重なり、
時には透かし・・・いろんな表情の空の世界を創り出しています。
本屋さんで一度は手にとってほしい一冊です。
『 写真ノ中ノ空 』   詩=谷川俊太郎 / 写真=荒木経惟


呼吸を合わせる 


加藤晴彦、ともさかりえ出演の映画 『AIKI』。
AIKI
ストーリーは、
ボクシングに打ち込む青年が交通事故に遭い、下半身麻痺となる。
車椅子の生活で自暴自棄になっていた青年が、合気柔術と出会うことで変わっていく・・・。
デンマーク人の実話をもとにした映画です。
あまり人に話したことはなかったのですが、
実は、私も2年間ほど合気道をしていました。
一応、初段で黒帯を持っていました。今はどこにあるのかも分かりません。
あくまでも20年前の話です。今はまったくです。
この映画 『AIKI』の中でも、何回か出てきた
  呼吸を合わせる
という言葉。
この“呼吸を合わせる”ことは、コーチングに通じるものがあります。
コーチングの“ペーシング”に近いものがありますが、
ペーシングよりさらに深いものなのではないかと私は捉えています。
それは、話すスピードや使う言葉、うなずきなど、私たちの目に見えて
合わせるものだけでなく、感覚的なもので、目に見えないものです。
合気道をしていた当時の記憶をたどると、
“呼吸を合わせる”とは、真剣に相手をよく見る。観察する。
相手の動きを読む。
すると、自然な流れみたいなものの中にいることが感じ取れます。
その時、呼吸が合い、次の技、動きが生まれます。
相手とつながるような感覚的なものです。
このつながりが、“氣”なのかもしれません。
合気道だけでなく、他のスポーツや日常でも同じことです。
ボクシングや相撲、バスケットボールなどは、
呼吸を合わすことができるから、かわすこともできます。
そして次の動きへと流れるようにつながります。
対相手のスポーツはもちろん、水泳では、水と空気と自分自身に呼吸を合わせます。
日常では、子どもを寝かしつける時、自然と呼吸を合わせているでしょう。
掃除する時や料理する時もそうです。
あらゆるもの、すべてのものと調和し、呼吸をあわせています。
“呼吸を合わせる”とは、相手だけでなく、相手と自分を取り巻くすべてに、
呼吸を合わせるということです。相手と対峙することとは対極にあります。
日常のあらゆる場面で、呼吸を意識してみてください。
得るものがきっとあるはず。


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