安全安心・社会の見方


昨日は、関わっているNPO団体の活動で、大分県に行く予定でした。
大阪空港8時発のフライト。
大分に向けて、飛び立ったことは飛び立ったのですが、
いつまで経っても、陸地が見えているのです。
大阪上空だったり、神戸上空だったり、関空を陸側から眺める上空だったり・・・
あれっ? さっきからずっと大阪周辺の上空を旋回しているような?
しばらくして、機内アナウンスで、
機体の位置を確認する計器が作動しないため旋回していると説明がありましたが、
慌てる乗客もおらず、全員、静かに座って待っていました。
(座っているしかすることがない状態なんですが・・・)
その後も、ぐるぐる旋回が続き、再度のアナウンスで、結局、計器が作動しないとのことで
大分ではなく、大阪空港に引き返しました。
無事、大阪空港に着陸し、同行のメンバー達と
「40分ほどの遊覧飛行だったね」
なんて冗談を交わして笑いあっていました。
そういう会話の一方で
「機体の位置が確認できない状態」だったということは
冗談では済まない状況だったのではないだろうか?とも考えられます。
管制塔と連絡を取りながら、なんとか着陸できた状況だったのかもしれません。
そう考えると、絶対的な安全はないのだと実感しました。
長距離を短時間で移動するのに、リスク・ゼロのはずがありません。
機長をはじめ、さまざまなプロが、全力で私たち乗客を守ってくれているのです。
なんて有り難いことなんだ、という気持ちが込み上げてきました。
今回のフライトの一件で
私たちが、安全に安心して暮らせているこの社会自体にも
感謝の気持ちでいっぱいになりました。
安全・安心は、当たりまえのことではなく、
社会の、人の、努力のうえに成り立っているのだと思います。
安全や社会の見方が、少し変わる体験でした。

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