猫嫌いとあの人嫌い


以前の私は、猫が嫌いでした。
子どもの頃、友達の家のホームこたつに足を入れた瞬間、
こたつの中にいた猫に、狂ったように引っかかれたのがきっかけです。
その後、どの猫を見てもかわいいと思えない。
意地悪そう、わがままそう、気分屋に見える。
猫を好きになれる要素がまったくありませんでした。
「ああ、やっぱり、猫は苦手。嫌いだな」
++++++
あるとき、ふと思いました。
猫も、人も、同じだと。
あの人、苦手だな。
あるひとつのきっかけで、あの人が嫌いになります。
そして、
「ああ、やっぱり、あの人、苦手だな」
という出来事が起きます。
というか、苦手・嫌い、と思う出来事しか起きません。
「やっぱり」
この言葉が出てくるのが曲者です。
起きる前に、すでにそうなることを予測している言葉です。
苦手な猫も、嫌いな猫も、苦手な人も、嫌いな人も、私がつくりだしている。
このことが分かってから、苦手や嫌いがどんどん溶けてなくなっていっています。
苦手も嫌いも、自分自身がつくりだしているだけだから。
別に、好きにならなくてもいい。
苦手でも嫌いでもなく、いることができれば、それでいい。
無理に背負わなくてもいい肩の荷、そろそろ降ろしていいんじゃないでしょうか。

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