2026年

世界をつくっているのは


以前は、猫が嫌いでした。(今は好きです!)

子どもの頃、友だちの家のこたつに足を入れた瞬間、
中にいた猫に、狂ったように引っかかれたのがきっかけです。

それからは、どの猫も敵に見えました。
意地悪そう、わがままそう、気分屋に見える。

猫を好きになれる要素がまったくありませんでした。
「ああ、やっぱり、猫は苦手。嫌いだな」
__________
あるとき、ふと思いました。

猫も、人も、同じだと。

「あの人、苦手だな」

何かきっかけがあって、
あの人が嫌いになります。苦手になります。

そして「ああ、やっぱり、あの人、苦手だな」
という出来事が起きます。
というか、‟苦手・嫌い” を強化する出来事しか起きません 笑

「やっぱり」

この言葉が出てくるのが曲者です。
起きる前に、すでにそうなることを予測している言葉です。

苦手な猫も、嫌いな猫も、苦手な人も、嫌いな人も、
私がつくりだしている。

このことが腑に落ちてから、
苦手や嫌いがだんだん溶けていきました。

苦手も嫌いも、自分自身がつくりだしているだけですから。

私たち一人ひとりは同じ世界を見て、
同じ世界を生きているのではないのです。

それぞれに見たい世界を見て、その世界を生きています。

自分の世界は、自分がつくりあげている。

世界は広いのです。
視野を広げましょう。

視野の広さは『希望』に。
視野の狭さは『絶望』に。

見る世界は自分で選べる、と知っておくだけでも違いますよ。


希望


近所の小学校の廊下に、クラス全員の書き初めが
掲示されているのが道路から見えます。

お題は『希望』

目に飛び込んで来るたくさんの子どもたちの『希望』に触れて、
私にも希望が満ちてくる感覚を味わいました。

良い1年になりそうです。

ここで考えたのは
「良い1年になりそうです」の「なりそう」
これは『希望』ではなく『期待』では?

『希望』と『期待』の違いは何だろう?

希望は、これをやろう!と自ら行動する。
期待は、こうなったらいいな〜と文字どおり待ち受ける。

「能動」と「受動」。

おおまかな私のとらえ方です。

それでは、仕切り直して、「良い1年にするぞ!」

目標に向かって、希望の能動的な1年に。


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