世界をつくっているのは
以前は、猫が嫌いでした。(今は好きです!)
子どもの頃、友だちの家のこたつに足を入れた瞬間、
中にいた猫に、狂ったように引っかかれたのがきっかけです。
それからは、どの猫も敵に見えました。
意地悪そう、わがままそう、気分屋に見える。
猫を好きになれる要素がまったくありませんでした。
「ああ、やっぱり、猫は苦手。嫌いだな」
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あるとき、ふと思いました。
猫も、人も、同じだと。
「あの人、苦手だな」
何かきっかけがあって、
あの人が嫌いになります。苦手になります。
そして「ああ、やっぱり、あの人、苦手だな」
という出来事が起きます。
というか、‟苦手・嫌い” を強化する出来事しか起きません 笑
「やっぱり」
この言葉が出てくるのが曲者です。
起きる前に、すでにそうなることを予測している言葉です。
苦手な猫も、嫌いな猫も、苦手な人も、嫌いな人も、
私がつくりだしている。
このことが腑に落ちてから、
苦手や嫌いがだんだん溶けていきました。
苦手も嫌いも、自分自身がつくりだしているだけですから。
私たち一人ひとりは同じ世界を見て、
同じ世界を生きているのではないのです。
それぞれに見たい世界を見て、その世界を生きています。
自分の世界は、自分がつくりあげている。
世界は広いのです。
視野を広げましょう。
視野の広さは『希望』に。
視野の狭さは『絶望』に。
見る世界は自分で選べる、と知っておくだけでも違いますよ。




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