学びコラム

サービスのスピード


今日のさいだねブログで、『コミュニケーションはスピード』というテーマで書いてみました。
このテーマは、こちらのページでも読んでいただきたい内容です。
よろしければ、下記のさいだねブログもご覧ください!
http://d.hatena.ne.jp/saidane/20071129
「コミュニケーションはスピード」を「サービスはスピード」と置き換えても、
同じことが言えるのではないでしょうか?
サービスのスピードの大切さ~ 前職のホテル勤務の頃がよみがえります。
当時のエピソードは、また別の機会にでも書きますね。


選択の余地


先日、上海に行ってきました。
Jさんという素敵な女性のお宅にお邪魔しました。
1階のエントランス・ロビーには、コンシェルジュのいる高級マンションです。
お部屋はとても広くて、センス抜群です。
私の知人でこんなふうに暮らしている人を見たことがありません。
あるご縁から、Jさんを訪ねて、今回上海行きが決定しました。
ある夜、Jさん宅でディナーをいただきました。
上海に住んで4年になるYさんと、日本から一緒に行ったMさんと4人で
楽しい時間を過ごしました。
中国の時事や経済、文化、上海に暮らす日本人のことなど、
ナマの話に興味津々のひとときでした。
何の話からの展開か忘れましたが、Jさんがこうおしゃいました。
「できるかできないかじゃないの。本当にやりたいの?」
・・・・・・・・・・・
「できるか?できないか?」
私たちは、行動の前に必ずといっていいほど自問します。
「できて、やりたいこと」 
本当にやりたいことなのでしょうか?
ワクワクしますか?
なんだか矛盾しているような気がします。
「できないけれど、やりたいこと」
これもしっくりしない。
楽しくない。
「これがやりたい!」
できるかできないかは登場しません。
自然と力が湧いてきます。
自然にやりたいと感じる。
“自然に湧き上がる力” これがあるかないかです。
私たちは幸か不幸か、「できるか、できないか」という選択の余地を持っています。
上海では、「できるかできないか」なんて選択している暇もなく、
事が進んで行っているように感じました。
そんなスピード感の中で生きる中国の人々のパワーに、日本人は圧倒されます。
「できるかできないか」という選択の余地は、贅沢品なのかもしれません。
贅沢品は人をひ弱にする、とも言えます。


記事を、私なりに深めると・・・


朝日新聞 「こころの定年」で紹介いただきました記事を、
せっかくなので、私なりの読み方(解釈)で深めておこうと思います。
ホテルで働いた15年は、長いようで短く、単調なようで濃いものでした。
15年で学んだことは数えきれないほどあります。
その中のひとつである 「相手の感情を受け止める」 という経験からの学びを、
記事では、「今生きる過去職の経験」 として書いてくださっています。
ホテル勤務での一面と、コーチングの一面を、一本の縄を編むかのように、
上手にまとめてくださっています。
私が、自分自身のことを書こうと思っても、こういう切り口で書けたかどうか・・・。
記事は、“相手の感情” に焦点を当て、書き進められています。
試しに、受けてもらったコーチングも、
「内面に向けられていった」
「共感する言葉とともに話は進んだ」
など、その人が、どうありたいか(being)を明確にしていく部分が取り上げられています。
文章になると、淡々とした印象を受けますが、実際には、その人のエネルギーは動いています。
時には躍動的に、時には静かに。
これは、コーチングのほんの一面です。
“being”に焦点を当てれば、もちろん、“doing” にも焦点を当てます。
自分自身、どうありたいか(being)が明確になればなるほど、
心から取り組みたい行動(doing)を決め、自分らしさを発揮しながら、前進できます。
お試しコーチングは、体験ということで1回で終了ですが、
実際には、定期的にコーチングを続けることで成果を出していきます。
相手を受け止める。
そのために、私が大切にしていることは、
「私自身がぶれない」ことです。
今、コーチとしてここにいる私は、ホテルでの経験で培われた強みを
じゅうぶんに生かし、発揮しているのだと、今回の記事を通して気づきました。


朝日新聞に掲載されるまで


11月3日(土) 朝日新聞の「be」土曜版ビジネスの5ページ目(b5)のキャリアページで
連載中の「こころの定年」で紹介いただきました。
楽天イーグルス山崎武司選手の記事のすぐ下です!
↓2007.11.03朝日新聞「be」より

一定期間組織で働いた後に転身を果たし、「いい顔」で活躍する人たちのインタビューを、このコラムの著者である楠木新さんの視点で書かれています。
「いい顔」をしている、と感じてもらえたことが嬉しい!
コーチングと出会ってからの私は、毎日が充実し、人生ってなんて素晴らしいのだろう!と実感しています。そういう気持ちが「いい顔」として表れ、伝わったのなら、とても嬉しいです。
コラムの著者・楠木さんとの初めての出会いは、2005年1月にさかのぼります。
私が現在も活動に参加しているNPO法人での新年会でした。
楠木さんは、キャリアチェンジした人にインタビューをし、研究されているとのことで、
その年の3月に一度、インタビューを受けました。
そして、今年2007年の2月に二度目のインタビュー。
その時、3月から朝日新聞でコラムの連載を持つことに決まったと伺いました。
初めてのインタビューの時は、新聞に自分が紹介されるとは夢にも思っていませんでした。
人の縁はおもしろいのものです。
これからもご縁を大切にしていこう、あらためてそう思いました。
楠木さんのブログ 「こころの定年」評論家 楠木新のひとりごとでも、朝日新聞掲載文をそのまま載せてくれています。
http://blog.livedoor.jp/kusunoki224/archives/cat_50036297.html
以下、楠木さんのブログから引用です。

今回は、ホテルに15年勤めた後、「コーチング」で次のステップに転進された移られた
浜端久美さんに登場いただきました。
今回の原稿は、今までで一番、難儀し、書き直しも試みたものでした。
というのは、800万の新聞読者に「コーチング」を理解してもらうのが難しく、
「そば店」はわかるが、「コーチング」は、多くの読者には、何のことかがわからないということです。
そのために、自分の「コーチング」を受けた体験から書き始めています。
そういう意味では、読者のことを考え直す、大変勉強にもなった原稿でした。

+++++++
この記事が日の目を見るまで、本当にご苦労をおかけしました。
掲載を断念されても仕方のないような状況の中、あきらめず書いてくださった
楠木さんの粘り強さに感動し、感謝しています。本当にありがとございました。
それに、実際にコーチングを受けてもらっておいてよかったです。
コーチングを言葉で伝えるのは難しく、コーチングするほうが易しい・・・。
せっかくなので、コーチングについて、この記事をもとに、後日も引き続き書いてみたいと思います。
たいへんな思いをして書いてくださった記事です。
このままで終わらせるなんて失礼なことできない。


朝日新聞でご紹介いただきました


2007年11月3日(土)の朝日新聞「be」土曜版ビジネスのキャリアページ、
コラム「こころの定年」に、私、浜端久美が登場しました!
記事になるまでについては、「学びコラム」2007年11月6日をご覧ください。
↓2007.11.03 朝日新聞より  ↓記事画面をクリックしてください↓


11月3日の朝日新聞で紹介されます!


今日はお知らせです。
今週11月3日の朝日新聞 「 be」 土曜版に、私、浜端が登場します!
「be」土曜版ビジネスのキャリアページのコラム 「こころの定年」で紹介されます。
(顔は出ませんが、名前だけでなく、年齢もしっかり掲載されます)
一定期間、組織で働いた後、転身した人たちのインタビューを通じて、
いい顔で働く人たちの例を紹介していく、という主旨で連載中のコラムです。
朝日新聞を購読されている方は、ぜひご覧ください~。


電話セールス


最近、電話料金が安くなる、という内容の営業の電話がよくかかってきます。
相手は、こちらの名前を確認することなく、
今話せる状態かも確認することなく、勝手にしゃべり出します。
「奥さま、いらっしゃいますか?」と聞かれるので、
「いません」と答えます。
たいていの場合、これで終了です。
私は、奥さまでもないし、ご主人さまでもないので、嘘ではありません。
「いるか」 「いないか」を聞かれているので、
その質問に対して、聞かれたことはきちんと返答しています。
こちらの答え方や口調で、これ以上話し続けても無駄だなと判断されているような・・・
もっと会話が広がるような質問や、安心感のある話し方だったら、
私もまだ聞く耳を持つでしょう。
愛想なく電話を切らないでしょう。
ノルマのごとく、
笑顔で声を出すほど給料もらってません!のごとく、
表情のない声です。
マニュアルを棒読みのような時もあります。
感情はどこかに置き忘れてきたのでしょうか。
仕事を楽しんでないのが伝わってきます。
そういう人と話し続けたいとは思わない。
そういう人から何か買いたいとは思わない。
こちらは、守りを固めます。


手本と見本


今日は、五木寛之の『他力 (講談社文庫)』の中の
“人の手本にはなれないが見本にはなれる”の一部を ご紹介します。

高光大船という真摯な念仏者でみんなから尊敬されていた人物が北陸にいましたが、彼の言葉で印象的なのは、自分は人のお手本にはなれない。
だけど見本ぐらいにはなれるだろう、という言葉でした。

手本だと、それに習おうとするけれども、見本はおいしそうとかまずそうとか、見る側の立場でいろいろ言える。
私は健康とか宗教について書いたり話したりしていますが、これらは自分の体験から得たことを直感にしたがって書いたり話したりしているわけで、ひとつの手本ではなく、見本として、みんながとらえてくれればと、思っています。
笑ってくれればいいし、感心したり、共鳴してくれればけっこうな話で、ばかにされても構わない、と。

  
“手本” と “見本” という視点。
この学びコラムでは、コーチングやコミュニケーション、サービスについて、
私の体験から得たことを書いています。
ここで書いていることは、見本です。
私の感じたことや考えたことです。
ああ、こういう考え方もあるのだなぐらいに受け止めてもらえれば、と思っています。
手本には、正しさを求めます。
正しさを求めるのだったら、やめておこう。
私は、お手本を求めることを手放しました。
コーチングの
「誰一人として、間違っている人はいない」
この考え方に立ち返ると、
手本とするより、すべてを見本と捉えると、
そこに自分の考えを重ね、考える力がつき、視野が広がっていきます。
広がりと深み、そして心の豊かさも、少しずつ積まれていくように感じます。
手本にすると、どうしても、誰かと自分を比較してしまいます。
確実に、手本と自分を比較します。
手本ばかり求めていると、自分の外に答えを求めてしまいます。
自分で考えることをやめてしまいます。
だから、いつまでも、本当の自分がわからない。
居心地の悪い自分のままです。
見本にすると、正確に手本をなぞるのではなく、自分は何をしたいのかを優先します。
見本は、見本以外のなにものでもない。
自由に、好きなように、自然に、自分流に料理してしまえばいい。
この学びコラムでは、私も見本ぐらいにはなれるだろう。
五木寛之も言っているように、直感にしたがって。
自分の気づきを書いているだけです。


ちりめんの巾着


ふとした拍子に、ホテルで働いていた頃のエピソードを思い出します。
今日は、フロントで働いていた時の忘れ物のエピソードのひとつを。
(“忘れ物”というキーワードだけでも、いくつか思い出されます。
ここには書けない内容も多くて・・・おもしろエピソードいっぱいなんですけれど)
ある日の朝、チェックアウトの時間帯のことでした。
ちりめんの巾着が、ロビーでの忘れ物としてフロントに届けられました。
手作り風のちりめんの巾着です。
巾着の中に、持ち主の手がかりになるものはないか確認しました。
持ち主の連絡先が判るものがありました。
お財布など貴重品も入っていたと記憶しています。
持ち主の方に電話しました。
とても嬉しそうな声で、
「ありがとうございます。
中身はどうでもいいんです。
その巾着はとても大事なもので・・・友達が作ってくれた大切なものなんです。
その巾着を失くして、ショックで、ショックで・・・どうしようかと思ってました。
本当にありがとう!」
そのちりめんの巾着は、大切に長く使っているのが見てわかりました。
作った人の温かさと上品さを感じる巾着でした。
その巾着を手にした瞬間、
早く連絡をとろうした私が、あの時、確かにいました。
手作りの巾着をプレゼントした人の思い。
手作りの巾着をもらった人の思い。
立場の違う人たちの思いが、手作りの巾着を拾得した私に何かわからないけれど、
伝わってきた瞬間だったのでしょう。
ちりめんの巾着を媒介して生まれるコミュニケーション。
想像できます。
「その巾着、ステキね」
このひと言から始まるコミュニケーションを。
コミュニケーションを創り出すのは、人だけではなく、
視点を変えると、すべてのものがコミュニケーションを創り出すことに、気づきます。
巾着に込められた思いの内容は知らなくても、
巾着に込められた思いの大きさや深さを感じ取る力を、人は持っています。


コミュニケーションの難しさ


コーチングをはじめて知った時、よく耳にする言葉があります。
「私は、今まで、コミュニケーションできていると思っていました。
 今日、できていないことに気づきました。
 コミュニケーションは難しいですね」
コミュニケーションは難しい。
この“難しい”というのは、その人にとって、いろんな意味が内包されていて、
また、漠然としています。
その人にとって、何が難しいと感じたのか?
コーチングを通じて、コミュニケーションのどんなところに、難しさを感じたのか?
反対に、何が面白いと思ったのか? どんなところに興味を持ったのか?
“難しい”という視点からだけでも、
思考が広がり、コミュニケーションが広がります!
“難しい”で止めてしまうと、コミュニケーションが面白くなくなります。
もったいないことです。
“難しい”と思う気持ちを否定する必要はありませんが、
コミュニケーションの広がりを、自分でつくっていきましょう。
広げることで、明確になり、深みや幅が増し、面白くなります。


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