学びコラム

記事を、私なりに深めると・・・


朝日新聞 「こころの定年」で紹介いただきました記事を、
せっかくなので、私なりの読み方(解釈)で深めておこうと思います。
ホテルで働いた15年は、長いようで短く、単調なようで濃いものでした。
15年で学んだことは数えきれないほどあります。
その中のひとつである 「相手の感情を受け止める」 という経験からの学びを、
記事では、「今生きる過去職の経験」 として書いてくださっています。
ホテル勤務での一面と、コーチングの一面を、一本の縄を編むかのように、
上手にまとめてくださっています。
私が、自分自身のことを書こうと思っても、こういう切り口で書けたかどうか・・・。
記事は、“相手の感情” に焦点を当て、書き進められています。
試しに、受けてもらったコーチングも、
「内面に向けられていった」
「共感する言葉とともに話は進んだ」
など、その人が、どうありたいか(being)を明確にしていく部分が取り上げられています。
文章になると、淡々とした印象を受けますが、実際には、その人のエネルギーは動いています。
時には躍動的に、時には静かに。
これは、コーチングのほんの一面です。
“being”に焦点を当てれば、もちろん、“doing” にも焦点を当てます。
自分自身、どうありたいか(being)が明確になればなるほど、
心から取り組みたい行動(doing)を決め、自分らしさを発揮しながら、前進できます。
お試しコーチングは、体験ということで1回で終了ですが、
実際には、定期的にコーチングを続けることで成果を出していきます。
相手を受け止める。
そのために、私が大切にしていることは、
「私自身がぶれない」ことです。
今、コーチとしてここにいる私は、ホテルでの経験で培われた強みを
じゅうぶんに生かし、発揮しているのだと、今回の記事を通して気づきました。


朝日新聞に掲載されるまで


11月3日(土) 朝日新聞の「be」土曜版ビジネスの5ページ目(b5)のキャリアページで
連載中の「こころの定年」で紹介いただきました。
楽天イーグルス山崎武司選手の記事のすぐ下です!
↓2007.11.03朝日新聞「be」より

一定期間組織で働いた後に転身を果たし、「いい顔」で活躍する人たちのインタビューを、このコラムの著者である楠木新さんの視点で書かれています。
「いい顔」をしている、と感じてもらえたことが嬉しい!
コーチングと出会ってからの私は、毎日が充実し、人生ってなんて素晴らしいのだろう!と実感しています。そういう気持ちが「いい顔」として表れ、伝わったのなら、とても嬉しいです。
コラムの著者・楠木さんとの初めての出会いは、2005年1月にさかのぼります。
私が現在も活動に参加しているNPO法人での新年会でした。
楠木さんは、キャリアチェンジした人にインタビューをし、研究されているとのことで、
その年の3月に一度、インタビューを受けました。
そして、今年2007年の2月に二度目のインタビュー。
その時、3月から朝日新聞でコラムの連載を持つことに決まったと伺いました。
初めてのインタビューの時は、新聞に自分が紹介されるとは夢にも思っていませんでした。
人の縁はおもしろいのものです。
これからもご縁を大切にしていこう、あらためてそう思いました。
楠木さんのブログ 「こころの定年」評論家 楠木新のひとりごとでも、朝日新聞掲載文をそのまま載せてくれています。
http://blog.livedoor.jp/kusunoki224/archives/cat_50036297.html
以下、楠木さんのブログから引用です。

今回は、ホテルに15年勤めた後、「コーチング」で次のステップに転進された移られた
浜端久美さんに登場いただきました。
今回の原稿は、今までで一番、難儀し、書き直しも試みたものでした。
というのは、800万の新聞読者に「コーチング」を理解してもらうのが難しく、
「そば店」はわかるが、「コーチング」は、多くの読者には、何のことかがわからないということです。
そのために、自分の「コーチング」を受けた体験から書き始めています。
そういう意味では、読者のことを考え直す、大変勉強にもなった原稿でした。

+++++++
この記事が日の目を見るまで、本当にご苦労をおかけしました。
掲載を断念されても仕方のないような状況の中、あきらめず書いてくださった
楠木さんの粘り強さに感動し、感謝しています。本当にありがとございました。
それに、実際にコーチングを受けてもらっておいてよかったです。
コーチングを言葉で伝えるのは難しく、コーチングするほうが易しい・・・。
せっかくなので、コーチングについて、この記事をもとに、後日も引き続き書いてみたいと思います。
たいへんな思いをして書いてくださった記事です。
このままで終わらせるなんて失礼なことできない。


朝日新聞でご紹介いただきました


2007年11月3日(土)の朝日新聞「be」土曜版ビジネスのキャリアページ、
コラム「こころの定年」に、私、浜端久美が登場しました!
記事になるまでについては、「学びコラム」2007年11月6日をご覧ください。
↓2007.11.03 朝日新聞より  ↓記事画面をクリックしてください↓


11月3日の朝日新聞で紹介されます!


今日はお知らせです。
今週11月3日の朝日新聞 「 be」 土曜版に、私、浜端が登場します!
「be」土曜版ビジネスのキャリアページのコラム 「こころの定年」で紹介されます。
(顔は出ませんが、名前だけでなく、年齢もしっかり掲載されます)
一定期間、組織で働いた後、転身した人たちのインタビューを通じて、
いい顔で働く人たちの例を紹介していく、という主旨で連載中のコラムです。
朝日新聞を購読されている方は、ぜひご覧ください~。


電話セールス


最近、電話料金が安くなる、という内容の営業の電話がよくかかってきます。
相手は、こちらの名前を確認することなく、
今話せる状態かも確認することなく、勝手にしゃべり出します。
「奥さま、いらっしゃいますか?」と聞かれるので、
「いません」と答えます。
たいていの場合、これで終了です。
私は、奥さまでもないし、ご主人さまでもないので、嘘ではありません。
「いるか」 「いないか」を聞かれているので、
その質問に対して、聞かれたことはきちんと返答しています。
こちらの答え方や口調で、これ以上話し続けても無駄だなと判断されているような・・・
もっと会話が広がるような質問や、安心感のある話し方だったら、
私もまだ聞く耳を持つでしょう。
愛想なく電話を切らないでしょう。
ノルマのごとく、
笑顔で声を出すほど給料もらってません!のごとく、
表情のない声です。
マニュアルを棒読みのような時もあります。
感情はどこかに置き忘れてきたのでしょうか。
仕事を楽しんでないのが伝わってきます。
そういう人と話し続けたいとは思わない。
そういう人から何か買いたいとは思わない。
こちらは、守りを固めます。


手本と見本


今日は、五木寛之の『他力 (講談社文庫)』の中の
“人の手本にはなれないが見本にはなれる”の一部を ご紹介します。

高光大船という真摯な念仏者でみんなから尊敬されていた人物が北陸にいましたが、彼の言葉で印象的なのは、自分は人のお手本にはなれない。
だけど見本ぐらいにはなれるだろう、という言葉でした。

手本だと、それに習おうとするけれども、見本はおいしそうとかまずそうとか、見る側の立場でいろいろ言える。
私は健康とか宗教について書いたり話したりしていますが、これらは自分の体験から得たことを直感にしたがって書いたり話したりしているわけで、ひとつの手本ではなく、見本として、みんながとらえてくれればと、思っています。
笑ってくれればいいし、感心したり、共鳴してくれればけっこうな話で、ばかにされても構わない、と。

  
“手本” と “見本” という視点。
この学びコラムでは、コーチングやコミュニケーション、サービスについて、
私の体験から得たことを書いています。
ここで書いていることは、見本です。
私の感じたことや考えたことです。
ああ、こういう考え方もあるのだなぐらいに受け止めてもらえれば、と思っています。
手本には、正しさを求めます。
正しさを求めるのだったら、やめておこう。
私は、お手本を求めることを手放しました。
コーチングの
「誰一人として、間違っている人はいない」
この考え方に立ち返ると、
手本とするより、すべてを見本と捉えると、
そこに自分の考えを重ね、考える力がつき、視野が広がっていきます。
広がりと深み、そして心の豊かさも、少しずつ積まれていくように感じます。
手本にすると、どうしても、誰かと自分を比較してしまいます。
確実に、手本と自分を比較します。
手本ばかり求めていると、自分の外に答えを求めてしまいます。
自分で考えることをやめてしまいます。
だから、いつまでも、本当の自分がわからない。
居心地の悪い自分のままです。
見本にすると、正確に手本をなぞるのではなく、自分は何をしたいのかを優先します。
見本は、見本以外のなにものでもない。
自由に、好きなように、自然に、自分流に料理してしまえばいい。
この学びコラムでは、私も見本ぐらいにはなれるだろう。
五木寛之も言っているように、直感にしたがって。
自分の気づきを書いているだけです。


ちりめんの巾着


ふとした拍子に、ホテルで働いていた頃のエピソードを思い出します。
今日は、フロントで働いていた時の忘れ物のエピソードのひとつを。
(“忘れ物”というキーワードだけでも、いくつか思い出されます。
ここには書けない内容も多くて・・・おもしろエピソードいっぱいなんですけれど)
ある日の朝、チェックアウトの時間帯のことでした。
ちりめんの巾着が、ロビーでの忘れ物としてフロントに届けられました。
手作り風のちりめんの巾着です。
巾着の中に、持ち主の手がかりになるものはないか確認しました。
持ち主の連絡先が判るものがありました。
お財布など貴重品も入っていたと記憶しています。
持ち主の方に電話しました。
とても嬉しそうな声で、
「ありがとうございます。
中身はどうでもいいんです。
その巾着はとても大事なもので・・・友達が作ってくれた大切なものなんです。
その巾着を失くして、ショックで、ショックで・・・どうしようかと思ってました。
本当にありがとう!」
そのちりめんの巾着は、大切に長く使っているのが見てわかりました。
作った人の温かさと上品さを感じる巾着でした。
その巾着を手にした瞬間、
早く連絡をとろうした私が、あの時、確かにいました。
手作りの巾着をプレゼントした人の思い。
手作りの巾着をもらった人の思い。
立場の違う人たちの思いが、手作りの巾着を拾得した私に何かわからないけれど、
伝わってきた瞬間だったのでしょう。
ちりめんの巾着を媒介して生まれるコミュニケーション。
想像できます。
「その巾着、ステキね」
このひと言から始まるコミュニケーションを。
コミュニケーションを創り出すのは、人だけではなく、
視点を変えると、すべてのものがコミュニケーションを創り出すことに、気づきます。
巾着に込められた思いの内容は知らなくても、
巾着に込められた思いの大きさや深さを感じ取る力を、人は持っています。


コミュニケーションの難しさ


コーチングをはじめて知った時、よく耳にする言葉があります。
「私は、今まで、コミュニケーションできていると思っていました。
 今日、できていないことに気づきました。
 コミュニケーションは難しいですね」
コミュニケーションは難しい。
この“難しい”というのは、その人にとって、いろんな意味が内包されていて、
また、漠然としています。
その人にとって、何が難しいと感じたのか?
コーチングを通じて、コミュニケーションのどんなところに、難しさを感じたのか?
反対に、何が面白いと思ったのか? どんなところに興味を持ったのか?
“難しい”という視点からだけでも、
思考が広がり、コミュニケーションが広がります!
“難しい”で止めてしまうと、コミュニケーションが面白くなくなります。
もったいないことです。
“難しい”と思う気持ちを否定する必要はありませんが、
コミュニケーションの広がりを、自分でつくっていきましょう。
広げることで、明確になり、深みや幅が増し、面白くなります。


ロボット以下の対応


昨日に引き続き、公共の交通機関でのこと。
A駅からC駅まで行く予定です。
A駅からB駅までの回数券を持っています。
A駅からB駅までと、A駅からC駅までは同じ乗車料金の170円です。
この回数券が使えたらいいけれど、無理だろうと思いながら、
一応、聞くだけ聞いてみよう。駅員さんに確認しました。
私  「C駅まで行きたいんです。同じ料金のB駅までの回数券持ってるんですが、
    この回数券でC駅まで行けますか?」
駅員 「B駅からC駅までの料金120円が別途必要です」
はい、駅員さん、あなたは正しいです。
何も間違ったことは言っていないです。
駅員さんの言うとおりにすると、
回数券170円+乗り越し120円=290円。
しかし、A駅からC駅まで、普通に乗車券を買えば、170円です。
多少計算が弱くても、それぐらい判ります。
「回数券を使わないで、別に乗車券をお買い求めいただいたほうがいいですよ」
ひと言添える。
別の選択肢を提案。
どうして出てこないのか不思議でたまりません。
いまどき、ロボットでもこれぐらいしゃべりそうです。
インターネットのほうが親切に教えてくれます。
目の前にいる相手の立場になって、ちょっと考えればいいだけです。
たまたま駅でのやり取りを具体例として書きましたが、
同じような会話は、いつでもどこでも起こり得ます。
いくら正しくても、聞かれたことにだた反応して答えるのではなく、
相手が何を求めているのかを考えて、相手が納得できるように答えてほしいものです。
それに、一行で会話を終わらせる、片付ける必要もないと思います。
せめて、二行ぐらい話せば、ちょっとはマシな会話になるのでは?
今日は辛口。
おっと、タイトルも辛口。


泥酔した人に対する私の顕在意識と潜在意識


夜遅い時間帯の電車でのこと。
かなりお酒を飲んだとひと目でわかる20歳代の男性が隣の席に。
座ったとたんに睡魔に襲われたようで、居眠り開始。
男性の頭が、私のほうに、カクン、カクン、ガックン。
20歳代男性ということで、ほんとは喜ぶべきところなんでしょうが、
だんだん腹が立ってきました~。
男性の頭だけでなく、体全体が激しく大揺れ。
膝枕寸前までに!
見知らぬ酔っ払いに、膝を貸す仏心は持ち合わせていないぞ。
それでなくても、狭い電車の中。
その狭い車中で、ここまでパーソナル・スペースを侵害されると平常心で居れなくなります。
電車の中でよく、ちょっとしたことで揉め事になるのは、自分だけの領域がほとんどないから
かもしれません。
今度、もたれかけてきたら言ってやろう!
そして、私の口から出てきた言葉が、
「大丈夫?」
何なんだ、これは??
それも笑顔で。
思考と行動が正反対。
怒っているのに、笑顔で声をかける。
無意識に、です。
こういうのは、はじめての経験ではありません。
私の思考パターンと行動パターンの組み合わせが、状況によって違ってくる、ということです。
泥酔している人に注意してもなぁ、と潜在意識では理解しているのです。
しかし、顕在意識は、腹立たしさを感じているので、何か言いたくなる。
コーチングでは、行動だけでなく、感情も大事に扱っていきます。
そうすると、日常での自分自身の行動と感情のパターンが浮き彫りになってきます。
「何なんだ、これは??」と一瞬驚いても、
腹立たしさの奥には、こんな感情がわき起こっていたんだ、と自己理解が深まります。
理解すると、自分に対する安心感が増します。
おもしろいですね。
「大丈夫?」と声をかけることで、この酔っ払った男性も、もたれかかるのを懸命に阻止しながら
居眠りしていました。
私にも平常心が戻りました。
ほんとおもしろいですね。


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