日々これ好日
思い出は優しい
先日、繕い物をしていたとき、ふわっと懐かしい優しさに包まれました。
以前勤めていた会社でのことです。
勤務時間中に、制服のブラウスの袖のボタンが外れてしまいました。
会社はホテル、サービス業です。
身だしなみに気を遣うのは、当たり前、必須です。
選択肢は、ふたつです。
1.すぐにロッカーに行って、別のブラウスに着替える
2.すぐにロッカーに行って、ブラウスを脱いで、ボタンを付け直す
ボタンが外れたので、今からロッカーに行く(持ち場を離れる)ことを、上司に伝えました。
すると、上司(部長・男性)が、
「わたし、やりますよ。 (ボタン付け)得意なんです」
にこやかに、そう言ってくれたのです。
あまりにも自然な成り行きに、申し訳なさもありながら、
部長は、さあさあどうぞ、ウェルカム体制です。
ボタンの外れたほうの腕を、部長に差し出すと、
部長は、ササッと手際よく、ボタンを付け直してくれました。
部長の意外な一面を垣間見ると同時に、
部長の優しさが、ブラウスの袖口を通して伝わってきました。
もうずいぶん前のエピソード、今は、良き思い出となっています。
当時の思い出は、とても優しいです。
たまに思い出す会社勤めの頃のエピソードは、どれもこれも優しいものばかりです。
幕末・下級武士の暮らしを知る 山川菊栄著 『武家の女性』
先日、ある弁護士さんとの雑談のなかで、話題になった本に興味を持ち、読んでみました。
山川菊栄 著 『武家の女性』 です。
幕末の水戸藩・下級武士の家に生まれ育った著者のお母さん、おばあさんの思い出話をもとに、当時の下級武士の生活や庶民の暮らしぶりが、いきいきと描かれています。
歴史小説では味わえない、当時の人々の習慣や文化、食べ物のことなど、
現代の生活と比較しながら、当時の暮らしをありありと感じることができます。
砂糖は貴重品で、砂糖を知らない子どもは、塩だと勘違いして、
「○○さんところの塩は甘かった」
こういう初々しさが、愛おしく、やさしさを持って描かれています。
当時は、人と人との関係が、今より、もっともっと濃密です。
しがらみや面倒なこと、自分ではどうしようもないこともたくさんある時代ですが、
それが反対に、誰もがいきいきと生きていた、そんな時代だったのではないかと思います。
物を大事にする。
物がじゅうぶんでないからこそ、物の扱いを知っていたのだと感じます。
わたし達は、物に溢れた時代に生きていますが、
物の扱い方を知らない、本当の意味で、物と一緒に暮らす、ということを知らないのだ、
と身に沁みて感じました。
この時代の人たちの生き方があって、今のわたし達がいることを忘れず、
シャンと背筋を伸ばして、毎日を丁寧に暮らしていきたいです。
そう思わずにはいられない、一読の価値がある名著です。
テレビなし生活
テレビが大好きだった私。
ここ数年は見たい番組だけ見るようになり、
そして、今、テレビはありません。
生まれたときから日常の必須アイテムとして存在していたテレビ。
テレビが無いと困るかな?
そんな心配は無用でした。
テレビを見なくなって気づいたことは、
「テレビを見るのにも、エネルギーを使っていた」
ということです。
自分で選んで見ていたとしても、テレビを見るのは、疲れる行為だったのです。
今は、いつもスッキリした気分でいられます。
テレビを見なくても、必要な情報は、不思議とちゃんと入ってきます。
今はネットで情報を得られる時代だからかもしれません。
必要なことは、誰かが教えてくれます。
それに、自分にとって、本当に必要な情報は、そんなに多くないようにも感じます。
テレビのように、あって当たり前のものを手放してみると、
あって当たり前のものを、目の前から取り除いてみると、
今までと違った感覚でいる、ひと味違った自分に出会えます。
テレビなし生活。
いつまで続けるか決めていませんが、しばらくはこの生活を楽しんでみようと思っています。
美しい果実
さだまさしのアルバム 『予感』
ジャケットの優しい美しさに惹かれて、聴いてみることにしました。
井伏鱒二の詩 『つくだ煮の小魚』に、
さだまさしが曲をつけた作品があります。
この詩と音楽がとても合っていて、
なんともいえない雰囲気に、何度も何度も聴き入ってしまいます。
他の曲も優しい気持ちになる、すてきなアルバムです。
私にとって、
井伏鱒二といえば、中学の夏休みの課題図書だった 『黒い雨』
この作品しか読んだことがなかったのですが、
『つくだ煮の小魚』に触れて、他の作品も読んでみたくなりました。
さらに、私にとって、
“さだまさし”といえば、小学校高学年の頃を思い出します。
当時の私は、ピンクレディーやジュリーのレコードを買っていました。
同い年の幼なじみは、なんと “さだまさし”でした。
小学生ながら、さだファンというあまりの渋さ。 当時の私には理解不能でした。
今思うと、彼女は、感性豊かな優しい心の持ち主だったなぁ、そう思います。
このアルバム 『予感』の中に、“思い出暮らし”という曲があります。
この曲のライナーノートに、こう書かれています。
「思い出」とは「ありもしない出まかせの嘘」などではなく、
「確かな記憶」から育つ美しい果実であるということを忘れてはいけない。
私の中の確かな記憶から育つ 幼なじみの思い出は、私の心を柔らかく解きほぐしてくれる美しい果実です。
2012年スタートの言葉

遅ればせながら、
あけまして おめでとうございます
両親からの年賀状に書かれていた言葉。
2012年は、この言葉のような1年にしたいです。
穏やかで
明るい年で
あります様に
皆さま、今年もよろしくお願いします!
← 実家の玄関に飾られたお正月の花です
感謝の一日
今日は、クリスマス。
書店で本を買うと、店員さんが「クリスマスプレゼントです」と言って、
チョコレートとキャンディー入りの小袋を手渡してくれました。
商店街の福引では、小額ですが、金券が当たりました。
わたしって、貰ってばかりだなー、ふと思いました。
電気・ガス・水道や交通機関なども整っていて、
暖かい布団で何の心配もなく、ぐっすり眠ることができます。
そして、ある本に書いてあった言葉を思い出しました。
普段、私たちは与えたものよりもずっと多くを受け取っていることはほとんど気づいていません。そのことに感謝して初めて生活は豊かになります。
今日は、感謝の一日にしたいです。
威風堂堂 太陽の塔

1ヶ月ぶりの休日。
11月はよくがんばりました~。
曇ったり雨だったりの先週末、紅葉まつり最終日前日の万博記念公園へ行ってきました。
紅葉目的に行きましたが、太陽の塔のすばらしさ、再発見となりました。
あまり見ることのない後姿。
長い年月を経て、ちょっとくたびれたような汚れも目立ちますが、味のある後姿です。

丸みのあるどっしりとしたフォルム。

顔は超立体です。

真正面からは、威風堂堂たる風貌。

ここはイースター島?
一瞬、モアイ像とみまがいます。

この角度から見ると、太陽の塔がどんどん迫ってきます。
地球が回っているのを体感できます。
自然豊かな場所に行かなくても、ここ大阪でも、地球のダイナミックな躍動を感じることができます。
私の大好きな岡本太郎が、余すことなく、溢れんばかりに表現されています。

この角度になると、私はどこにいるのか?わからなくなります。
地球と太陽の塔と私が、一体となります。
小学生の男の子たちも、
「すごい!でっかい!わぁー!!」
声も体もめいっぱい使って、感動を表現していました。
そんな子どもたちの姿を見て、私も感動!
子どもたちの生命の躍動感が、ダイレクトに伝わってきます。
子どもたちの躍動が連鎖して、地球も私も躍動します。
岡本太郎の偉業を再確認した休日でした。

最後に、遠目の後姿。
隅々まで生きる
毎日の生活は、時間の流れとともにあるように感じがちです。
ある方が亡くなり、約3ヶ月前、お別れ会に出席しました。
その席で、ある女性のお別れの言葉が、今も心に残っていて、時折思い出します。
その言葉とは、
「○○さんは、隅々まで生きた人です」
人生を時間で生きるのではなく、空間で生きる。
まさにこの表現どおりの生き方だったのではないかと思います。
時間に追われる感じのとき、この言葉を思い出します。
今、直線的になってるね。
隅々まで満たしながら、いこう。
じんわり、隅々まで。
ご機嫌な朝 そのまたその後
9月4日の『ご機嫌な朝』、9月14日の『ご機嫌な朝 その後』に引き続き、
なんと今日も葉物は元気です!!
8月にいただいた花束。
その中の葉物の2種類が、2ヶ月以上経った今も健在です。
毎朝、水を交換するだけです。
すごくないですか~?
観葉植物(たぶん、ハラン)の1種だと思われる葉物は、
1ヶ月過ぎた頃から、根が生え始めました。
私は、その根に、“ 翁(おきな) ”と命名しました。
おじいさんのあご髭のように真っ白、ふさふさです。
その上、艶やかです。
“ 翁 ”と呼ばないと失礼にあたりそうな風格です。。。
もう1種類は、ゴットセフィアナ。
今朝、細い茎に、根らしきものが生えているのを見つけました。
ポコッとした白い根です。
季節はずれですが、鉢に植え替えようかと思案中。
実は、鉢植えとかガーデニング未経験なのです~。
枯らしてしまっては、元も子もない。
かといって、このまま花瓶で大丈夫だろうか?
良い方法あれば、教えてくださいね。
何はともあれ、植物の生命力に触れられることに感謝です!
2012年の手帳
来年の手帳選びの時期になりました。
理想的な手帳には、なかなか巡り合えません。
残念ながら、毎年、妥協点がいくつかあります。
自分でつくっちゃおうかと思うこともあります。
私の手帳選びのポイントは、
・見開きで1週間
・タイムラインは縦
・土日も平日と同じく均等割り
・月間カレンダーつき
この4点以外は、なくてもOKです。
シンプルな手帳が好みです。
先日、立ち寄ったTUTAYAで、私の理想に近い手帳を見つけました。
上記のポイントを満たしています。
あとは、鉄道・地下鉄の路線図とヘルス・チェック・カレンダーが、
余分に付いているだけで、これはあってもいいかなと思います。
しかし、このTUTAYA限定手帳は、合格点に達していますが、
満点ではありません。(あくまでも、私基準での話です)
今年(2010年)の10~12月分、私にとっては余分な3ヶ月があるのです。
つまり、10月始まりということです。
10~12月分があっても、そんなにかさばらないので、
2011年は、このTUTAYA限定バージョンを購入しました。
ある知り合いの女性は、毎年、数冊の手帳を購入して、使い心地を試してから、
どの1冊にするかを決めるそうです。
この贅沢な選択方法には、さすがに驚きました~。
新手の大人買いです。
自分の理想の手帳に巡り合うのは難しいということなのでしょうか。



