日々これ好日

幻想と妄想


高校時代からの友人たちと1年ぶりぐらいに会いました。
今回は、高校卒業以来、まったく会っていなかった子とも会いました。
20年ぶりかぁ・・・数字にすると迫力あります。
話題のキーワードは、“幻想”と“妄想”。
それは妄想やん、これは幻想やー、ワイワイ盛り上がりました。
みんなの分析がおもしろい!
その時は、「こういうのが妄想で、こういうのが幻想」と納得しました。
もう少し調べてみようと、家に帰って辞書を引いてみました。
【 幻想 】 根拠のない空想。とりとめのない想像(をすること)。
【 妄想 】 ない事に対して病的原因からいだく、誤った判断、確信。
【 妄想 】  正しくない想念。転じて根拠のない想像。→仏教語から。
見事にわからなくなってしまいました。あの納得感はなんだったのか?
病的原因の妄想は違うとすると、幻想と妄想の違いがよくわからない。
さらに、空想と想像の違いは何?となってきます。
日本語の微妙なニュアンスでしょうか。
微妙なニュアンスのさじ加減ということで、
いい加減なところでやめておこう、そう思いました。


天然酵母の食パン


天然酵母の食パン。
歯ごたえのある固さが好きです。
しっかり(噛んで)食べたぞ~という気持ちになります。
しかし、この固さが時には凶器と化します!
トーストすると、パンのみみも香ばしくカリカリ、さらに固くなります。
そこが落とし穴・・・
パンのみみが喉に刺さったような痛みを伴い、喉から食道へと通過していきました。
痛いぞぉ!
喉が傷ついた~。出血はしていないようです。ひと安心。ホッ。
2日ほど、喉がはれている感じでした。
今はなんとか治ったようです。ホッ。
喉をいたわりながら、よく噛んで食べるようになりました。
数年前、友人がフランスパンのバケットのかけらが喉か食道かに刺さり、
病院に行った話を真剣にしているのを聞いて、大笑いしたことがあります。
人に起きることは自分にも起きる。。。教訓です。
こんな私、笑い飛ばしてやってください。
バケットもこわいけれど、天然酵母食パンのみみもこわい。


お気に入りのブログ


ネット検索していると、“お気に入り”があまりにも増えすぎてしました。
また見ることもあるだろう、とりあえずお気に入りに入れておこう、
たまりに溜まったサイトがズラ~リ。
大半を削除し、残したサイトはフォルダを作って整理すると、
画面内にキレイに納まりました。
すっきり♪気分いいですー。
今日は、こまめにチェックしているブログを二つ紹介します。
ひとつは、
ニューヨーク在住の人のブログ。
http://blog.zaq.ne.jp/yuzulemon/
NYの衣食住について、センスの良い写真がステキです。
カロリー高そうだけど、美味しそうだなぁ・・・特に“食”が私のお気に入りです。
もうひとつは、
ハサミと紙を自由自在に操って、いろんなものを作る人のブログ。http://angel.ap.teacup.com/scissorhands/
こんなことができてしまう器用さがすばらしい!
今度は何かな?新作が楽しみです。
私が好きなブログの特徴って何だろう?と考えてみると、
目で見て楽しめる!
なんですね~。
視覚を刺激されると脳が刺激されるのでしょうか。
ニューヨークの街や生活を想像したり、
本物の昆虫や生き物を想像したりして楽しませてもらっています。
ちなみに、この方々、私とは縁もゆかりもございません・・・


舞姫 テレプシコーラ


最近、コミック本をあまり読んでいませんでした。
読み出すとやっぱりおもしろ~い!
山岸凉子の 『舞姫 テレプシコーラ』を一気に読みました。
バレエダンサーというだけでなく、コリオグラファー(振付師)へと
展開していくところに興味がそそられます。
バレエの世界だけを描くのでなく、いじめや社会問題も盛り込まれているので
ストーリーに厚みが出て、読み応えがあります。
現実とバレエの厳しさ華やかさが、巧みに交錯する山岸ワールド。
山岸凉子の漫画家としての力量は凄みを増しています。
私の中の日本史では、
聖徳太子としてでなく、厩戸王子として確固たる存在感を放つ要因になった
山岸凉子の代表作 『日出処の天子』。
その話になった時、知人が
印象に残っている蘇我蝦夷の言葉をスラスラ~と言うのを聞いて、
ひっくり返りそうになった経験もあります。
それぐらい人の心に印象深く今も残っているということですね。
山岸凉子だけでなく、萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子も好きでした。
竹宮惠子の 『地球へ・・・』は、今新たにテレビ放映されています。
http://www.terra-e.com/
昔、映画館で観た 『地球へ・・・』を思い出しながら、しっかり観ています!
それから、竹宮惠子といえば、『風と木の詩』でしょう。
昔のマンガを語り出すと、オタク感たっぷりです。


写真ノ中ノ空


詩は谷川俊太郎、写真は荒木経惟。
詩人と写真家、ふたりの『空』が見事なコラボレーションの写真詩集です。
この日記でも、谷川俊太郎の詩のことを何回か書いています。
谷川俊太郎の言葉は、私の中にダイレクトに入ってきます。
わずか数行に凝縮された言葉が、すべてを表現しています。
この『写真ノ中ノ空』では、地球や雲を“色っぽさ”で表現する
詩人の豊かな才能に思わず唸りました。
谷川俊太郎の言葉の空に、アラーキーの写真の空が交わり、重なり、
時には透かし・・・いろんな表情の空の世界を創り出しています。
本屋さんで一度は手にとってほしい一冊です。
『 写真ノ中ノ空 』   詩=谷川俊太郎 / 写真=荒木経惟


バカラのシャンデリア


07-06-03_13-47.jpg
昨日は神戸・三宮で友人とランチ。
藤原紀香と陣内智則の披露宴で使用された
バカラのシャンデリアが展示中だという
友人情報をもとに、大丸神戸店へ!
ウン千万円のシロモノを拝見してきました。
私としたことが、
流行りモノに飛びついた感が大ありです。。。
まっ、お祝い事だしね。


紀香と陣内のシャンデリアに群がる


07-06-03_13-49.jpg
シャンデリアの周りはこんな感じでした。
みんな携帯カメラで撮りまくっていました。
もちろん、私もその中の一人。
物理的にも金銭的にも、
手の届かないものに群がってる様子、
伝わってますか?
客観的に見ると、こっぱずかしいなぁ。


印度りんご


嫌いな食べ物はありません。
いや、厳密に言うと、食べれない食べ物はあります。
果物のリンゴです。
さらに厳密に言うと、生のリンゴです。
ナイフで皮をむく時の音、噛んだ時の音、他人の食べている音、
あの音がいけません。頭痛がします。
今も想像しただけで、頭が痛い・・・。
梨は大好き!水分たっぷりの音が心地よく食欲をそそります。
水分量で音は変わります。
私にとって、リンゴは水分が少なすぎるのです。
リンゴの味は好きなのですが、音がダメなので、“リンゴを食べる”には決死の覚悟です。
アップルパイのようにコンポートされていると、生の状態の時と、音が変わっているので
食べれます。
でも、ホントにホントに美味しいのは、生の、フレッシュのリンゴだということも
わかっています。それだけに辛い・・・。
リンゴ嫌いの話をすると、ある人が、
「印度リンゴだったら、水分が少ないから大丈夫じゃない?」
インドりんご??? はじめて聞くリンゴの名前です。
50歳代以上の方はご存知のようです。
青くて堅いリンゴ。
昔は、リンゴと言えば、『国光』と『印度』だったそうです。
印度りんご、今はあまり出回っていないようです。
水分量が違うと、音も違うだろうし、もしかしたら、食べることができるかもと期待大なだけに、
あぁ残念~~~。
印度と別の種類を掛け合わせたものが、今は出回っているようです。
http://www.tsugaru-santyoku.jp/syurui/syurui.html


虹を見た


昨日は一日中、雨降り。
雨のせいか、いつもより暗くなるのが早かったので、
いつもより早くカーテンを引きました。
夕方6時40分頃、
カーテンの隙間から、オレンジ色の光が漏れていました。
カーテンの隙間からは、はじめて見るオレンジ色です。
明るくて濃い、キレイなオレンジ色。
カーテンを開けると、雨は上がり、空がオレンジ色に染まっていました。
大きな大きな虹が、堂々とした姿で、私の目の前に広がっています。
虹の手前を、いつもよりクッキリと輪郭を現した飛行機が横切っていきます。
まるでおもちゃの飛行機のように。
その飛行機の手前を、雲が勢いよく東のほうへと流れていきます。
取り残された雨雲が、いっしょうけんめい流れているかのようでした。
こんな低い位置で、雲を見るのは久しぶりです。
私から一番近くに、猛スピードで流れていく雲。
その向こうに、人がつくり、人を乗せて飛んでいる、おもちゃのように見える飛行機。
またその向こうには、大きくて堂々としていて、美しい虹。
大きな虹の向こうには、低い位置にある雲とは別の雲が、大空に広がっています。
雲も飛行機も虹も大空も、同じ場所に同じ姿で留まることなく、変化します。
やがて、虹は消えてなくなりました。
一瞬前まで私の目の前に広がっていた光景は、すでにありません。
感動とは、
変わらないものの中で生まれるのではなく、
変化の中に生まれるのだと思いました。
美しい光景に感動した私も、一瞬前の私ではない。
そういうことになります。


若冲展  相国寺承天閣美術館


先日、『若冲展』に行って来ました。
きっかけは、梅田で『若冲展』のポスターを見かけ、絶対に行きたい!と思い、
会場を確認すると、京都の相国寺・・・2日後に仕事で行く場所のすぐ近くでした。
これは行くしかない!
行ってきました!
伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)の『釈迦三尊像』と『動植綵絵』が120年ぶりに再会。
33作品をあわせて観ることができます。
若冲についてほとんど知りませんが、今回の若冲展を観て感じたことを、
感じたままに書いてみたいなと思います。
ひと言で言うと、“絵は生きている”。
おしゃべりをしているように雀のさえずり声が聞こえてきます。
雁を自分の腕に受け止めたかのように重みを感じます。
池の生き物たちに、生命の、生態系の循環を見ます。
花は柔らかく、そこはかとなく匂います。
蝶の羽音が聞こえ、かすかな空気の揺らぎが伝わってきます。
冬の空気の冷たさの中に、動植物の温かさを感じます。
鶏の鋭さと緊迫感に、ドキドキします。
正面には3枚の釈迦三尊像。
左右に15枚ずつの動植綵絵。
その真ん中に立った時、“森羅万象”とは、こういうことなのかもしれないと思いました。
そして、自分自身も、会場にいる人たちも、33枚に加えられた絵の一部のように在ります。
混雑している会場は、
人の動く音も話し声も、絵から聞こえてくる音と同じような感覚でした。
今この瞬間も、すべてがつながっている、同じように存在している・・・
若冲のすべてを慈しむ心が、私たちに伝えてくれます。
若冲展 http://jakuchu.jp/jotenkaku/


Top